世の中には、どうあがいても無理なことがあります。

僕の右耳には人工内耳が埋め込まれています。平成20年の夏に手術しました。

手術前には親しい人達から、祝福されました。「これでお耳が聴こえるようになるのね」

僕は入院後、坊主頭になり、手術を受けました。

執刀医の話では手術は上手くいったそうです。

オペから2週間後に頭の中の電極と外部のスピーチプロセッサを接続する「音入れ」という作業があり、そこで初めて僕は人工内耳の音を聴きました。

確かに音は聴こえるんですけど、ほとんどノイズでした。色々とスタッフに話し掛けられましたが、ノイズを掻き分けて人語らしきものが聴こえてくる感じです。僕は読唇に長けているので、器用に受け答えていましたが、実際はまるで役に立たなかった。

「まだマッピングしてないので、(マッピングすれば)もっと聴こえが良くなりますよ」と担当の言語聴覚士(ST)が言いました。

僕は静かに作り笑いをしました。力のない笑いだったと思います。こういうのを落胆というんでしょうね。

最初に装用したスピーチプロセッサは「freedom」でした。STの先生が熱心に対応してくれたんだけれど、あいにく先生の期待には添えませんでした。

僕は5歳位で失聴したので、40年位(当時)失聴期間があります。これが長過ぎるとなかなか神経が活性化しないそうです。つまり聴神経が眠っちゃってる。

だから聴こえにくくても、我慢して装用してくださいと、かなりしつこく言われる。
神経を覚醒させる必要があるからです。

ん? じゃあ頑張れよだって?

じゃあ、あなた。

ドラム缶を頭から被せられて、バットか竹刀でガンガン音を鳴らされて、平気でいられますか?

そんな世界だったんです。僕が置かれたのは。

目が血走ります。吐き気がするし、どう頑張っても正気じゃいられなくなる。当然、気が荒くなります。

医師からなるべく職場で使うように念を押されるんですが、そんなことをすれば朝から気が立って、同僚との衝突も激しくなり、人間関係ズタズタですよ。

「ああ、何だって?うるせえなぁ、このやろー」これを職場で一日中やってる感じです。

言語聴覚士(ST)との対面では、無神経な言い方をされることがとても多かったです。彼らは聴こえるんだから、それは無理もないことなのかもしれません。

「hayaさん、もう手術から10年経ちましたよ」とか意味不明なことを言われるんだけれど、

10年経ったが、それがどうした。

もう来るなって言ってんのか? あんたが予約を入れんだから、こうしてやって来るんだぜ。

はい、深呼吸、冷静に…。

こういう風に人工内耳で上手くいかなかった人ってのは、少なからずいるわけです。

僕の場合、落伍者として謙虚に暮らしつつも、専門家の無神経な言い回しの前では、やり場のない怒りを覚えます。

では、やらない方が良かったのかというと、それはそれで後悔したと思うので、やって良かったと思います。

でもねぇ、人生って上手くいかないものですねぇ。エレジー(哀歌)って言うんですかねぇ、こういうの。