3月22日の空腹時血糖値は123mg/dlでした。

「そうか、30年経ったんだ…」
などと、いかにも人生を振り返っている風に書き出してみたものの、実際のところは3月20日、普通に起きて普通にコーヒーを飲み、「あ、今日で30年か」と思い出しただけである。
そう、今の職場に勤続30年。
長いのか短いのかよく分からないが、とりあえず履歴書に書くとちょっと強そうな年数ではある。
しかしながら、当日は誰からも何も言われなかった。
花束もなければ、拍手もない。
ケーキどころか、コンビニスイーツの差し入れすらない。
うん、それは知ってた。
むしろ「30年勤続おめでとうございます!」とか言われたら、こっちがびっくりしてしまう。
たぶんその場で「えっ、誰が?」と聞き返す自信がある。
もともと僕は、劇的な展開など期待していない。
サプライズでクラッカーを鳴らされても、たぶん反応に困るタイプである。
なので、これはこれで想定通りの静かな節目だった。
最近はガソリンも高いし、物価も高い。
財布は軽いのにレシートだけは分厚くなるという、不思議な現象が続いている。
そんな中で、とりあえず健康で働けているのは、まあ悪くない結果だと思うことにしている。
今の職場は、正直に言えば「思ったほど給料は上がらなかった」。
だが同時に、「思ったほど居心地も悪くなかった」。
この“思ったほど”という絶妙なラインが、30年続いた理由なのかもしれない。
居心地が最高だったら、逆に不安になって辞めていたかもしれないし、最悪だったら言うまでもない。
30年もいると、本当にいろんな人が出入りする。
新人が入ってきては育ち、そして去っていく。
まるで回転寿司のように人が流れていくのだが、なぜか自分だけはずっと同じ席に座っている。
たまに「自分がいるから辞めていくのでは…?」などと考えたこともある。
ずいぶんと自意識過剰な話だが、そう思ってしまうのが僕の悪い癖だ。
「フロアに聞こえない人間がいると職場の価値が下がるのではないか」
などと、頼まれてもいないのに勝手に自分を悪役にしていた時期もある。
今思えば、かなり脚本過剰である。
誰もそんなドラマを求めていない。
そして3月20日。
有能な人が一人辞め、僕が30年を迎えた。
並べて書くと、なんだか世界のバランスがおかしい気がするが、現実はわりとこういうものだ。
RPGでも、強い仲間が抜けてなぜか主人公だけ残ることはある。
ただ、不思議なことに、職場はまだ僕を必要としているらしい。
試しに「辞めます」と言ってみたら、たぶん軽くパニックになるだろう。
…いや、試さないけど。
自分では「無能寄りの人間」だと思っているのだが、他人からの評価はそうでもないらしい。
このギャップは30年経っても埋まらない。
たぶん今後も埋まらない。
さて、そんな記念日。
せっかくだから寿司でも食べに行こうかと思った。
回らないやつ。
いや、せめてちょっといい回るやつ。
しかしそこで思い出す。
「4月の頭に採血あるじゃん」
健康診断という現実が、寿司の夢を容赦なく叩き落とす。
中トロは、血液検査の数値と引き換えに食べるにはリスクが高い。
結果、外食は中止。
代わりに何をしていたかというと、
ひとりで『ドラクエ8』をプレイし、ボス戦前のメタルキング狩りに勤しんでいた。
30年勤続の記念日、やっていることはレベル上げ。
ある意味、とても自分らしい。
「経験値は裏切らない」
これは人生にも言えるのかもしれない。
いや、言えないかもしれない。
そんな一日を終えて、ふと思う。
「いまは自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます」
太宰のこの一文が妙にしっくりくる。
…いや、しっくりきすぎてちょっと困る。
とはいえ、30年も過ぎてきたのだ。
きっとこれからも、似たような感じで過ぎていくのだろう。
それでいいのかと聞かれたら、
たぶん「まあ、いいんじゃないですかね」と答えると思う。
少なくとも、メタルキングは今日もちゃんと逃げるし、僕もちゃんと追いかけている。
メタルキングに逃げられて、悔しがる気持ちはまだある。
それだけで、とりあえずは十分だ。