日曜日朝の血糖は103mg/dl。久し振りにまともな値にお目にかかった感じ。昨夜は晩御飯の後、間食は一切ナシで過ごしました。

それから帰宅後、10kmジョギングへ。晴れてはいたけど、もうそんなに暑くないですね。風が心地良いし、膝も快調です。

ところで前回からの「音楽について」の続きです。

親父の気まぐれで、ギターを手にした難聴少年の僕ですが、あの頃はわりとギターが流行っていたました。が、意気地のない僕は、友人達ににギターを弾いてるって公言出来ませんでした。

ギターと出会えたものの、それが物凄く好きなんだけれど、健聴者に混じって学校生活を送るうちに、どうも卑屈になっちゃって、ギターを弾いてることを隠すことが正解のような気がしていました。

自分が真っ当な趣味をやってるようには、到底思えなかったんです。

ギターの1弦の12フレットからは、つまりハイトーンは実は聴こえていないんですよ。高音のポジションですね。アコギでローやミドルポジションでプレイする分には支障はないけれど、エレクトリックに持ち替えて、ハイポジションで音を出すようになると、大体50%位の音は可聴範囲から外れてしまう。それでも運指とピッキングを正確にすれば、耳の肥えていない第三者にはハイポジションを弾けてるように聴かせることが出来るんです。しかし、弾いている当人はどんな音が出てるのか知らないんです。

僕はこういう苦労を「ごまかし」という見方でしか評価されないと知っています。

世の中には世知辛い人がいます。聴こえてないのに楽器が演奏出来てるなんて、どうして言えるんだい、という声が当然挙がると思います。

ごもっともです。

でも、はっきり言っておきたいんだけど、かの佐村河内氏のやってた「ごまかし」とは、これは本質的に違います。

何と言うかな…俺は完全主義なのかな。楽器っていうのは、健聴者の演奏がデフォルトだから、難聴の僕が上手く弾けなくて当たり前なわけ。

ピエロのような笑える演奏でも、誇りを持って良いと思うわけ。

そこをなかなか受け入れられないんだよな。分かりやすく言うと、「嘲笑われたくない」んだな。

でも、こういう潔癖さに囚われている人間もいる一方で、僕よりもっと聴こえなさそうな人が、顔出しして、堂々とYoutubeでフランクな動画をアップしていたりする。

僕からすれば、どうしてあんなにお気楽なんだろうと、不思議に思うのですが、佐村河内って人もYoutubeやってたとしたら、あんな感じなのかな。まぁ今回は「音楽」というよりも「人格」について語ってしまったようで申し訳ない。

この「ぼやきシリーズ」、もう少し続きそうです。よろしかったら、次回もおつきあい下さい。