10月18日の空腹時血糖値は95mg/dlでした。

具体的な職種は明かせないけれど、ウチの職場にも高齢化の波が押し寄せている。
若い人がなかなか入ってこない。たまに入ってきても、仕事を覚えたか覚えないかという頃に辞めてしまう。
まあ、いろいろ事情があるんでしょう。
昔のように、嫌なことがあっても歯を食いしばって働き続けるのが美徳、という時代でもない。
僕だって若い頃に戻れるなら、もう少し要領よく生きてみたいものだ。
そんなわけで、企業も人材確保に躍起になっている。
再雇用だの定年延長だの、あの手この手で年寄りを引き留めようとする。
ウチの職場なんか、とうとう定年そのものがなくなってしまった。
いつまで働いてもいいんだそうだ。
ありがたい話である。
ありがたい話ではあるんだが、よく考えてみると、いつまで働かされるんだろうという気もしてくる。
さて、ひと口に年寄りといっても、いろいろいる。
廊下をスタスタ歩く年寄りもいれば、ヨタヨタ歩く年寄りもいる。
僕はというと、幸い足腰はまだ丈夫な方で、スタスタ歩く。
ただし、耳が悪い。
これがなかなか厄介で、補聴器だの音声認識アプリだの、文明の利器を総動員して、どうにか仕事をこなしている。
ところが、職場というのは不思議なところである。
耳が悪いと、どうも仕事の能力まで低く見積もられることがあるらしい。
その一方で、身体の方はまだ使い物になると判断されているようで、重い物を運ぶ仕事や、あっちへ行け、こっちへ行けという雑用が、なぜか僕のところへ回ってくる。
つまり、頭の方はあまり期待されていないのに、身体の方は大いに期待されている。
なんとも都合のいい年寄りである。
特に困るのが、同年代の同僚との関係だ。
向こうは足腰が弱っていて、あまり無理が利かない。
上司もその辺は心得ているらしく、これはちょっと無理かな、と判断すると、すぐに僕の方を向く。
いやいや、ちょっと待ってくれ。
あの人と僕は、たった二つしか歳が違わないんですけど。
ところが、向こうに無理をさせると、体調を崩して何か月も休むことがある。
僕の方はというと、多少こき使っても翌日にはまたスタスタ歩いて出勤してくる。
どうやら、壊れにくい年寄りだと思われているらしい。
これはいかん。
丈夫であることが、いつの間にか不利な条件になっている。
もちろん、身体の弱った同僚を責めるつもりはない。
歳を取れば、誰だってどこかしらガタが来る。
僕だって耳はとっくにガタが来ているし、明日は我が身ということもある。
ただ、同じ年寄り同士なのに、片方がもう片方の分まで働いているというのは、何とも妙な光景ではないか。
若い人が足りないから年寄りを雇う。
その年寄りが弱ってくると、まだ元気な年寄りが面倒を見る。
そのうち、元気な年寄りも弱ってくる。
さて、その次は誰が面倒を見るんだろう。
考えてみれば、これも一種の老老介護なのかもしれない。
もっとも、僕としては介護する側に立候補した覚えはない。
そもそも、誰も気づいてくれないようなので、この場を借りてひと言申し上げておきたい。
私だって年寄りなのよ。