今朝の空腹時血糖値は以下です。

 

最近、レトロゲームに目覚めたというか、以前プレイして釈然としなかった某RPGが妙に気になってきて、押入れのDS liteを引っ張り出し、プレイしました。

気になっていたのは「MOTHER3」…。16年前のゲームです。

大ヒットした「2」の続編で、発売直後は賛否両論となり、あまり評価が芳しくなかった。正直大コケのRPGでした。

僕は熱狂的なMOTHER2のファンで、「3」が出るのを心待ちにしていたんですが、当初はN64のソフトとして製作されたものの一旦反故され、結局12年も待たされて別ハードのアドバンスソフトとしてやっとリリースされました。この作品は、何か思ってたものと随分違ってて、かなり神妙な面持ちでゲームを終えたものです。

「2」は桃太郎 (犬やキジを従えて旅をする) タイプの冒険活劇で、コミカルタッチのシンプルな受け入れやすいストーリーだったんですが、「3」は伏線が複雑でそしてやたらと展開が悲惨だった。

双子の主人公の母親が殺され、その復讐のために双子の兄が失踪し、弟は兄を探しながら、世界が悪に蝕まれやがて乗っ取られようとしている現実を知ります。

主人公が直接悪を成敗するわけではなく、悪が手なずけようとしているドラゴンに正しい者の心を投影しようと、ドラゴンを封印している7つの針を抜くにために先を争う、という展開です。

結局、失踪していた兄は悪の手で改造人間にされていて、ラストは兄弟対決となります。

サイボーグ化された兄はほとんど自意識がなく、人間としてはとっくに死んでいたんだと思います。兄は生身の弟を執拗に攻撃します。弟は実兄を攻撃できるわけもなく防戦一方です。

そこで死んだ母親の声が兄に呼びかけます。

「つかれたでしょう、お母さんのところへおいで…」

…とまぁ、こんな話でした。やっぱ、悲壮だなぁ。

今思えば、MOTHERというゲームタイトルに相応しいエンデイングでした。

MOTHER4が出なかった理由が、何となく理解できます。

16年前といえば、まだトランスジェンダーの生き辛さが世間に認知されていない時代。このゲーム世界でドラゴンを封印しているキャラクターは「マジプシー」といって、俗にいうオ〇マさんなんですよ。

16年前にプレイした時には、マジプシーたちを色物として見て、クスクス笑っていたんですけど、現在改めてプレイしてみると、封印が解かれるたびに別れを告げて去っていく「彼女」たちの存在がとても切ないな…と思うわけです。

去り際に忘れ形見として、髭剃りや口紅を「わたしだと思って大切にするのよ」とくれるんですけど、なんか年を重ねると、それがとても泣けるんですよね。

あと、印象に残ってるキャラクターは「リダ」ですね。物語の序盤で町の交差点(クロスロード)で、黙って立ち尽くしている痩せっぽちのノッポの男性です。

この人、物語の中盤から姿が見えなくなって、ラストの一歩手前でひょっこり姿を現します。ニューポークシティの地下です。地下の一室で、主人公のパーティーに物語の背景などを一気呵成に説明してくれます。

元の世界を滅ぼしたのは、他でもない人間自身であること。残された人々は、過去の過ちについて、これまでの自分たちの生き方に問題があったことを認め、過去の記憶を消して新しいルールの元に暮らすことになったこと。僅かな人間にだけ過去の記憶を残しており、その一人が自分であること。

リダはこんな言葉も残していました。

「重すぎる荷物を神様は背負わせないものだ」

哲学的なのか宗教的なのかよく分からないけれど、しんみりとした良い言葉だと思います。

優しい心を持った主人公に対して、君はこの問題に立ち向かうのに相応しい人物だと言い聞かせているんです。

こうしてみると、これはこれで良い作品だったんだなと、つくづく思うわけです。

僕の中には(いや、誰の中にもあるんだろうけど)、まだ釈然としない作品が幾つかあって、例えばドラクエの中にも仲間と生き別れたケースがあります。何でそうなったのか、今でも気がかりです。

ゲームクリアに必死で、置き去りになったままの、些細な疑問。

今後は折を見てそんな作品たちを再プレイしてみようと思っています。

答えはたぶん、まだ作品の中にあって、攻略本には書かれてないんです。

今ならその答えが見つかるのかもしれません。

それでは、今日はこれで。漫画もどうぞ。

  

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