日曜日夜勤明けの空腹時血糖値は110mg/dlです。

 

2020年2月12日から始まった断酒生活。

とうとう断酒4年達成です。

いやぁ、本当に4年経ったんだなぁ。

一滴も飲まなかった。

もちろん今後も断酒生活は続くけれども、あの時、断酒に踏み切って良かったと、シミジミと思います。

誰に諭されるわけでもなく、始めた断酒生活。

自覚的には自分は依存症と思っていたのですが、酒乱でもなく、社会的破綻もなく、妻も不思議そうに僕を眺めていたんです。

でも根拠となるものはしっかりあって、一つは親近者が依存症で、この人の晩年を看取ってきた経験からです。

「酒に脳を乗っ取られる」ということがこんなに恐ろしいものかと、つくづく思いました。

独居の叔父がボヤ騒ぎを起こして、これ以上独居は無理ということで施設入所となったんです。

とにかく「焼酎飲みたい、焼酎飲みたい」と喚いて、離院騒ぎが絶えず、施設から何度も呼び出しを喰らいました。

一時期、国を上げて「老後は二千万円が必要になります」とか提唱されていたものですが、いやいや金じゃないと思うんです。

人生のどこかで、酒や煙草、ギャンブルとは決別しておく事の方がずっと重要だと思うんです。

身ぎれいにして老後を迎えれば、そう悪い流れにはならないはずです。

同じ施設に入所されていたお年寄りは、皆さん朗らかで、楽しそうに過ごされていました。

俺もあんな風に、おっさんに過ごして欲しかった。

おっさん、こういうのを「反面教師」って言うんだぞ。

もう一つ根拠を挙げるとするなら、上記とは対照的に、101歳まで生きた男性のことを述べたいと思います。

この方は教師ではないんですが「先生」と呼ばれる立場の方で、僕はこの人を25年くらい車で送迎していた。

101歳でお亡くなりになる数ヶ月前まで。

足腰がしっかりしていて、100歳でも杖なしで歩行されていた。

この人が100歳の時に、車の中で「もう私もヨボヨボだから」って仰ったものだから、僕はびっくりして「僕の知る限り、100歳って言ったら、寝た切りか車椅子ですよ。ヨボヨボなんてとんでもない」と言ったら、苦笑しておられた。


101歳の最後の送迎の時(まさかアレが最後だとは思わなかったけど…)、「自分も前の職場を定年退職した時、しばらく酒が切れなかった。これじゃイカンと酒を止めた。それから一滴も飲んでない」と話してくれた。

「haya君も、早くお酒を止めて歩きなさい」

と、言いながら、車を降りられたけれど、それが僕にとっての最後の言葉だった。

その後、あの人は体調が思わしくなくて、僕が送迎に行くこともなくなった。

それから、訃報が届いた。

僕は相変らず酒が切れず、どうやら、もうしばらく飲み続けることになりそうだった。

ただネットサーフィンしてても、何となく断酒に関する情報収集をしていることが多くなり、酒を買うことも馬鹿げた行為だと思うようになった。

自分が向かうべき所へ向かっているような感覚はあった。

断酒決行は2月12日とは書いているけれど、実際はその数日前から飲んでなくて、12日にはっきりと断酒を意識した。

妻には「もう酒を止めた。これから、ずぅーっと飲まない」と宣言し「ナニ、ソレ?」って顔をされました。

断酒が辛くなった時に読み返そうと、ブログも立ち上げました。(当ブログのことです)

でも幸いなことに、今だに読み返すに至っていない。

あまり苦しまなかったせいか、断酒とは関係のないことばかり書いてきたような気がする。

でも、これから断酒をやろうとしている方には、やはりブログ執筆をお勧めします。

断酒決行時の身辺、心境のアセスメントをしっかり残しておいた方が良いです。

その後の変化をブログに書き留めることで、過去と現在の比較が容易になるからです。

そして可能なら、正直に晒してしまった方が良い。

誰かに監視されてる感覚は、この場合あった方が良い。

最近、またウォーキングを再開しました。

膝の痛みにはサポーターを活用しています。

この件については、またお話しすると思います。

4年前と比較して、だいぶ体調が良いです。





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